森川久美 セルロイド•ドリーミング

好きな漫画家は?といえば長年の間即答で森川久美であった。
その中で、セルロイド・ドリーミングはどちらかと言えば地味な作品といえるかもしれない。でも、ちょうど今の気分に重なって考えさせられる内容が多かったのでとりあげる。
舞台は、イギリスがアヘン戦争以来の租借地として統治し、1997年に中国返還される13年前の香港。マーガレット サッチャーと超紫陽が返還の共同声明を出した直後くらい。
当時は、共産主義体制バリバリの中国と、イギリスの文化が浸透し公用語も広東語と英語である国際都市の香港が、果たして共存できるのかと世界中で話題になったものだった。
主人公は、中国人の父とフィリピン人の母の間に生まれながら、ストリートキッズとして育った19歳、青年になりかけのシャノン。
掻っ払いを仕掛けたインテリのライター、リュウに拾われ育てられた。
拾ったリュウの方は、アメリカで教育を受け、高名な大学教授であった父と母、妻を文化大革命のあおりで体制に反する者として殺され、香港に逃げてきた過去を持つ。
中国側は、イギリスからの返還後50年は自由主義体制を保つ約束をしていたが、未来への不安に揺れ動く時代の雰囲気が作品のテーマとして描かれている。
当時の香港はすでに「100万ドルの夜景」を持つ都市であったが、現在ではニューヨークを超えて、世界で最も高層ビル率の高い都市となった。更に世界で一二を争う富裕層の多い都市である。アメリカ人イギリス人の他にフィリピン人や韓国人日本人やインド人など、外国人も多く居住する。
日本は第二次世界大戦の最期の4年ほど、イギリスから奪い香港を占領していた歴史を持つ。1945年に日本が降伏した後、またイギリスが取り戻したのであるが、その後はブルース リーやジャッキー チェン、あるいはアグネス チャンやテレサ テンなどのイメージが日本では強いかもしれない。現代では、日本のサブカルチャーが香港を席巻し、出前一丁は香港の御用達ラーメンになっている。
一方で、少しずつ確実に教育制度をイギリス式から中国式に移行するなど、中国化もすすめらている。
だから、セルロイドドリーミングで描かれている時代の香港の様相はノスタルジックに感じられる部分もあるが、未来の先行きが全く予測できない現代では、通じるものがあると思う。
不安定な未来に対し、問題が山積みである事を感じていながら見て見ぬ振り、今日明日に不自由が無ければ安心というフリをする。
どうせ何もできないし考えてもわからないからと思考放棄し、無関心の殻に閉篭もる。
お金に余裕のある者はありとあらゆる未来への保険をかけまくる。
結果、責任を持って未来の国家や世界の行くべき姿を深刻考えて対処しようとする者は、ほんの一握りに満たない。

主人公のシャノンは教養人であるリュウに育てられたにもかかわらず、高校を中退し、ブロークンな英語しか話せない。
リュウの負担になりたくないからと働きに出たのだが、熱血な性格故に溜まるお金も貯まらない。
自分自身がまだまだリュウの保護下にありながら、関わりを持った他人の困り事をほっとけず、首を突っ込んんでは命がけのトラブルに巻き込まれる。
良き昭和の時代は、ドラマでもアニメでもマンガでも、ヒーローは皆熱血漢であった。
だが昨今は熱血であるとバカじゃないのと醒めた目で見られるような風潮がある。
しかし、リュウがシャノンに癒されるように、真っ正直に不条理に立ち向かい、損得を考えず、おかしいことはおかしいと言葉をはばからない存在に、内心自分の本心の代弁者として溜飲が下がることも多いのである。
漱石の坊ちゃんではないが、シャノンは結果として損ばかりしている。一方でくじけない心の強さと、痛みを知りながら前向きな姿勢は、誰よりも健全に他人の心を癒す。
無難に失敗が無いようにと、先手を打って過保護にすると、夢もなく無関心、最悪は無気力無責任に追い込んでしまう。
失敗した時、苦しくなった時、どのように自力で克服できるようにするかが、家庭でも学校でも社会でも一番大切な教育だと思う。


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Lugh well!so Live well...

仕事と家事と子育てと趣味の合間の心の本音。 或いは、子供たちに残す覚え書き。 So...Love much! In planet earth.